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2010年9月30日 (木)

祖母退院!パチパチ☆

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8月20日早朝、特養ホームのベッド脇で倒れているのが発見され、

脳内出血で緊急搬送された祖母が、火曜日に退院しました。

ご心配頂きました皆さん、本当にありがとうございました。

 

今日は、ちょっとまじめな話。

この一ヶ月間は、かなり壁にぶち当たりまくり、

家族全員、いろんな葛藤で体調を崩したりもしましたが、

考えさせられる場面がいくつもありました。

同じような状況におられる方が、検索でたどり着いたりすることもあるかと

思いますので、少しでも参考になれば・・・と書く事にしました。

(自分自身、検索してたくさんの方のブログを参考にさせていただいたので)

 

長くなるので、記事をたたみますね。

 

前回の記事でも書きましたが、祖母は90歳。

緊急搬送された際には、ICUでたくさんの管がつながり、

大量の脳内出血も、年齢から考えて手術は出来ない状態で、

ひたすら意識ないまま「いびき」をかき続けていました。

素人の家族から見たら、それは

「管がつながっていることによって生かされている」状態にしか見えず、

全員が、もう長くないだろう・・・と思っていたと思います。

 

わけもわからず、毎日気の緩む時も無く・・・という中、病院側から

「胃ろう」の手術を勧められました。

胃ろうとは、口からの食事(栄養摂取)が出来なくなった場合に、

内視鏡手術で胃に穴をあけ、そこから栄養を注入するというものでした。

一切の延命治療は行わない、という家族の方針だったのですが、

なんだか半ば「当たり前」のように胃ろうの話が進められ、

当初私は「絶対に反対!」と思っていました。

しかし、もし今までいた特養に戻るためには、ホーム側から

「胃ろうにしてもらえれば受け入れる」というのが条件でした。

 

ちょうどその頃に、医療従事者である友達が心配して連絡をくれ、

状況を話すと、「やっぱり・・・」という返事が。

今、高齢者の終末期医療現場において、「胃ろう」があまりにも安易に

すすめられて、少々問題視されているとのこと。

しかも、「簡単な手術で出来ます」と、とりあえず作っておくという感じで、

そのリスクも説明されず、

別の方法として「経鼻(鼻からチューブ)」という

選択肢があることの説明も無く、話が進められていることに違和感を覚え、

ちょっと考えさせて欲しいと病院に伝え、

とにかく毎日調べまくりました。

 

この時、医療従事者の友達と、福祉の現場にいる友達が

わが身のことのように仕事の合間を縫って、集められるだけの情報を

私に伝えてくれ、いろんなケースの話をしてくれ、ほんとうに助けてもらいました。

 

その当時、祖母は痰の絡みがひどく、特養側からは

「痰の吸引が頻繁に必要な場合は、引き受けられない」と言われていて、

状況からして、もう戻るのは無理だ・・・という方向で考えていました。

胃ろうは特養側からの要望なのに、痰のことで受け入れを断られたら

胃ろうをする必要性は? 

 

次に考えたことは「療養型病棟」を探すことでした。

今の医療制度では、病状が安定した患者は、一般病院において、

3ヶ月以上同じ病院にいられないことになっています。

これは、一般病棟が「病院として」の機能を果たすために、

治療を必要としない患者を、「長期にわたり入院」というかたちにせず

ベッドを空けるためです。

(祖母は脳内出血をしていても、治療の手立てが無いので“安定している”ことになってしまいます)

 

結局、期限が来て、他の一般病棟へ転院しても

また3ヶ月経ったら別の病院を探さなくてはいけないわけです。

それならば、出来るだけ転々とせず、一般病棟よりも一人当たりの

看護師の人数が少し多く、長期的な受け入れが可能な「療養型病棟」で

少しでも手厚い看護・介護を受けさせてあげたい、と思ったからです。

 

ここでまた、壁にぶち当たりました。

「療養型病棟」は、介護保険型医療保険型の2タイプあり、

当然介護保険型のほうが、若干費用が安い。

でも、条件があるというのです。

「痰の吸引は1日8回まで」と。

到底、祖母の吸引回数を考えると介護保険型は無理・・・。

医療保険型の病棟になると、1ヶ月の費用が15~20万だというのです。

後期高齢者医療制度の中に、高額療養費の自己負担限度額というのが

定められていて、収入や介護度によって限度額が異なります。

祖母の場合は、15000円でよいのですが、これに実費の食事代、おむつ代、

クリーニング代、稀に差額ベッド代などが加算されていって、

20万もの金額になってしまうと・・・。

 

「ご家族が負担されるとか?」「ご親族から少し助けていただくとか・・・」

 

無い!無い無い無い!無いよー!!

介護している世代だって、年金暮らししているっていうのに、どこからそんな

お金が捻出できるって言うの?

「でも・・・そこしか行くところがないってことですよね?」

「そうなりますね・・・」

こんな会話をMSW(メディカルソーシャルワーカー)と繰り返し、

家に帰ってきて落ち込みました・・・。

 

少しでも額を減らすためには、クリーニングの部分を

「自分で持ち帰って洗濯させてくれる病院を探す」ということくらい。

週に何回もこれをするとなったら、交通の便がいい病院じゃないと無理だ。

駅からバスで何十分なんていうところになったら大変だ。

介護する側が倒れてしまうよ。

また選択肢が狭められました。

 

その日、いろいろ調べていてくれた友達から新たな情報が。

「別の病院で手術した胃ろうは、受け付けない病院があるようだ」と。

しかも、それを行っている4市が、へたな多摩地区よりも我が家から近い、

埼玉県の4市だったのです。

「費用を減らすには、近いことが絶対条件だ。胃ろうの手術をされて

後から受け入れ拒否されたら困る!!」

そう思って、すぐ翌日にまたMSWに会って伝えました。

「どこの病院なのか調べてくるので、手術は2~3日保留にできますか?」と。

もちろんそうしましょう、という回答をもらって2日後、

病院が特定されたので、それをプリントして見舞いに行く両親にFAXしたら

「今日の午後から手術だって・・・」と。

 

え?は?意味わかんない。どういうこと?

朝から怒りの感情が沸点に達してしましました。

約束したのに!

調べてくる2、3日を待つことが出来ないような、緊急手術じゃないじゃない!

パニック状態で、家で放心状態だったのだけど、

「こんなのだめだ!間違ってる!」と、慌てて後から追いかけて病院へ。

もう遅かった・・・。説明されて戻ってきた両親と遭遇しました。

手術の時間さえ「午後から」と言うだけ。

しかも、待たずに帰っていいとのこと。

いくら簡単な手術だからって、何かあったときの判断をするために

家族が待機するのが普通じゃないの!?

そもそも、待ってくれるって言ったのに、どういうことなの!?

医療報酬欲しさに、手術をやりたいんじゃないの?

とまで思ってしまうほど不信感でいっぱいでした。

 

気づけば私は、心も身体も疲れきった両親に向かって

「MSWに会わせてくれ!私が一言言ってくるから!!」とすごい剣幕で

くってかかってしまいました・・・。

「もういい・・・手術は決まったから。その後の対応がひどくなっても困るから・・・」

ぁぁ・・・私は誰に向かって声を荒げてるんだろう、矛先が違うじゃないの・・・。

 

ほんとうに憔悴しきった両親を見て、

冷静にに判断できない状況の家族に、

さもやらないと行き場が無いみたいなやり方で・・・

「これはパワーハラスメントだ」と憤りを感じました。

悔しくて悔しくて、震えるこぶしを押さえるのに必死でした。

 

この段階で「胃ろう」をすることには、もう反対するつもりはありませんでした。

普通の点滴では水分補給だけになるので、何日目からか「経鼻」の管から

栄養を入れていたのだけど、その管は胃まで届いていて、

「きっと違和感があるだろう・・・ずっとこれも苦しいだろう・・・」と思っていたから。

実際、鼻から痰の吸引のチューブをいれるだけで、

祖母はとても嫌な表情を見せていたし、お見舞いに行くたび

ろれつが回らないし、はっきりしない意識ながらも、

聞き取りづらくあっても何か意志ある言葉を一生懸命話していて、

「元気になろうね」と言う言葉には、毎回コクンと小さく頷いていたから・・・。

ただ、手術をするにしても調べることを調べて、家族が納得した状況で

手術をするべきところを、勝手にすすめられた事が

どうしても許せませんでした。

 

結果としては、胃ろうの手術の経過は順調で、鼻のチューブを抜いたことで

痰からみもかなり解消し、3者(病院、特養、家族)立会いの下、

特養側が受け入れてくれることになったのです。

 

退院の2日前、面会に行き

「おばあちゃん!帰れるよ。みんなで迎えに来るから。」

というと、

「うちに帰る・・・」

「みんな迎えに来る・・・待ってる・・・」とわりとはっきりした声で言いました。

 

病院から特養の方が迎えに来て病室を出る際には、

祖母の目に涙が滲んでいました。

そして、看護士さんに「あり・・・が・・・とう・・・」と。

 

結果として、祖母が望んでいたところに戻れて、本当によかった。

苦しい1ヶ月だったけど、本当にありがたいことだと思っています。

よくがんばったね、おばあちゃん!

 

学んだことがたくさんありました。

高齢者=大往生と、一概には言えないってこと。

いくら健康な時に、「そうなったら何もしなくていい」と思っていたって、

実際、そのような状況になった時、同じように思えるか、

そして、自分の意思が伝えられる状況にあるのか・・・

そうではないですね。

元気なうちに、伝えておくべきなのかもしれませんね。

 

おそらく、祖母が元気だったときに聞いたら「何もしなくていい」と

答えたかと思います。

でも、脳内出血を抱えたままで、片麻痺もあり、口から食事が取れなくたって

祖母は「もういい」とは意思表示しなかった。

「元気になって帰りたい?」と言う言葉にだけ、いつもはっきり頷きましたから。

 

医学が発達したことによって、人の終末期の選択肢が

より複雑になったように思います。

もちろん、「自然な形で」と望まれるご家族もいらっしゃって、

その方の体力に任せて・・・というケースもあります。

今は、身体が医療によって「生かされている」としても、

「何もしないことはひどい」と思わせるような、医療現場の雰囲気も

あるようです。

 

何が正しいのか、ということはないですよね。

一番は本人の意思が尊重されることが望ましいけれど、

伝えないまま、いつどんな状況になるかなんてわからないし、

より複雑な選択肢を、家族が決断するということの大変さを

身をもって感じました。

一人の人間の終焉を、他人が選ぶわけですから・・・。

 

そして、今回一番思い知らされたことは、

日本の高齢者医療・福祉の現状です。

お金が無かったら、行き場も無いのでしょうか?

介護する側がすでに高齢で、いろいろ調べたりすることが出来ない

人たちはどうしたらいいんでしょうか?

つくづく、100歳以上の高齢者が多数行方不明になっているのも

納得でした。

 

将来を担う子供達も大切な存在だけれど、この世の中を

戦火をくぐり抜けて作り上げてきてくれた人たちが、

今なんでこんなことになっているんでしょうか?

「クオリティ・オブ・ライフ」と大学で学びましたが、

あの掲げた理想は、今、どこにあるのでしょうか?

目に見えるわかりやすい場所にしか、約束されないのでしょうか?

 

祖母の行く先が決まる前、ベッド際で何度も

「大丈夫。おばあちゃんの帰るところ、みんなで今一生懸命さがしてるからね。

おばあちゃんは心配しなくて大丈夫よ・・・」と話した帰り、

隣のベッドに入院しているおばあ様が、必死に私に手を振っていて、

いつもなら会釈する程度なのに、どうしたのかな?って思って見たら、

手を振りながら、口を押さえて泣いてらっしゃいました。

失語されていて、聞くことは出来ても話せない方なのだけど、

出ない声を押しころして泣いてました。 

 

みんな自分がどうなるのか、不安でしょうがないんだ。

ご家族が面会に来ているときは、いつも笑顔だけど、

迷惑かけてるって感じてるのかな・・・って思って、

切なくて、帰りのエレベーターの中で泣けてしまいました。

 

今回、何もわからなくて、でもとても重要なことを決めなくてはならなくて

脳がキューって痛くなったり、吐き気が止まらなくなったり・・・の日々だったけど、

いろんな人に助けてもらって、支えてもらって、

「考え抜いた末の選択」をすることが出来たのは彼女達のおかげで、

本当に本当に感謝しています。

 

ここに記したことを読んで、落ち込んで欲しくは無いのです。

理想どおりにはいかないけれど、その時々の状況の中で、

めいっぱい人を頼ってもいいのだということ。

もし、同じ状況で苦しんでいる方がこれを読んでいたら・・・

まずはいろんな人に相談するのも、とてもいいことだと思います。

「三人寄れば文殊の知恵」です。

ご本人もさながら、介護されている方には本当に

家族だけで抱え込まないで・・・と伝えたいです。

 

私にもやってくる「その時期」について、真剣に考えてみるきっかけを

もらった1ヶ月間でした。

 

(長文、駄文にお付き合いくださりありがとうございます)

 

  支えてくれた友人達に感謝を込めて・・・

         なにより、自分の人生をかけて

              私たちに生き方を考える機会をくれたおばあちゃんに、「ありがとう」。

 

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コメント

一ヵ月、長かったでしょう。
辛かったよね。
よく頑張ったね。

今の世の中で
自分の望んだ通りに命を終えられる人は
どのくらいいるんだろう。

思いはあるけど 伝える術がない
家族に迷惑掛けたくない

いろんな環境、状況の中で
自分で、或いは代わりに家族が
BESTではなくBETTERを選んでいく…
それが精一杯。


学生の時に紹介された本を思い出したよ。
『福祉が人を殺す時』


ちょびを通して
私もおばあちゃんに教わったよ。
胃ろうも捨てたもんじゃないって。

まずは退院おめでとうございます。

投稿: 学食で『学園七不思議』 | 2010年9月30日 (木) 15:29

>『学園七不思議』を口実にサークルサボった仲間ちゃん(笑)
ほんとにほんとにどうもありがとう!(PД`q)
今回「うわぁ・・・どうしたらいいんだぁ~!!」っていうのを
かなり回りを巻き込んで・・・。il||li(つд-。)il||li
現場にいるとさ、やっぱりころころ変わる制度とかで制約される部分も多くて、葛藤するよね。
今は自分は現場から離れてしまっているけど、
家族の立場になったのは初めてで、
つくづく「毎日とはいかないけど、時々はその職を志した初心を思い出さんといかんな・・・」って思った。
「その人が自分の家族だったとしたらどうしますか?」って思う場面がいっぱいあったから。
今は、特養でも「看取り」をしようっていうところが増えてきているようだね。
 
祖母が特養のベッドに戻って、「お風呂に入りたい・・・」と呟いて、職員の人がすぐに「お風呂は入れるかチェックしてきて」と対応してくれたことが何より嬉しかったよ。
ほんと特養に戻れて、祖母は幸せ者だわ。

言葉じゃ伝えきれないけど、本当にありがとう!

投稿: 住人:ちょびすけ | 2010年10月 1日 (金) 10:18

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