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2009年6月23日 (火)

5回目の「慰霊の日」

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今日(6月23日)沖縄戦全戦没者の霊を慰める
「慰霊の日」です。

慰霊の日を迎えるのも、今年で5回目となりました。

この時期梅雨明けはまだの沖縄ですが、毎年慰霊の日だけは

原爆の日と同様、焼き付けるような日差しなのです。


1年目、初めてその日の存在を知り、家で黙祷をし、

いても立ってもいられなくて平和祈念公園までお参りし・・・

そんな風に迎えた5年目の思いは、沖縄来たばかりの頃とは

少し変わりました。

ある意味、少し冷静に沖縄を見られるようになったのかもしれません。



沖縄戦に関し、圧倒的に本土との温度差を感じます。

本土では沖縄戦・基地問題の話題が大きく取り上げられない

現実と、また、反対に沖縄では地方紙しかないため、

メディアから流れるニュースも圧倒的に一方向(沖縄目線)

ものが多く、いろんな角度から考えることが難しくなること。



環境問題への取り組みや、平和学習のあり方など、

時折「これでいいのかな?」と思うことが出てきました。

現実を知れば知るほど、矛盾や複雑な感情に行き着いて、

沖縄について語ることがどれだけ難しいのか・・・ということを

実感しています。

(また、県外出身者がそれを考えたり、語ること自体の難しさ・・・

住んだことのある人たちは一度は経験するのではないかな・・・)

  
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日曜日、国際通りのトランジットマイル(歩行者天国)

在日米軍第三海兵遠征隊のブラスバンドがパフォーマンスを

行っていました。

まだ、10代・20代だと思われる彼ら。

英語しかしゃべれないのに、一生懸命自己紹介をし、

街行く人を「日本人には出来ないノリ」で演奏して楽しませて

くれました。


日曜の昼下がり、真っ青な空。

立ち止まる人達もみんな笑顔でした。

こんな愉しい空間で、私はちょっと泣きそうでした。

慰霊の日が近かった・・・ということもありますが、

私の心に浮かんだことは

「どうして私たちと彼らの間に有刺鉄線のフェンスがあるのだろう」と。

彼らの生き生きとした愉しそうな表情を見れば見るほど・・・。

これが本来私たちの間にあるべき姿だ・・・と思ったのです。

フェンスで隔たれた環境ではなく、違う形で出会ったのなら

どんなにか異文化交流をして、素敵な友達になれるだろう!

クリスマスや休日のビーチで彼らやそのファミリーに会うと、

とてもHappyで愉快な人達がたくさん。

そんな光景と、基地のフェンスを思い浮かべると胸が痛くなる。



5年目の私の個人的な思い。

それは、敵も味方もない。 

この真っ青な海に囲まれた小さな島で、国籍に関係なく

たくさんの命が失われていったこと。

自分たちの故郷をめちゃめちゃにされた沖縄県の人達、

日本兵・アメリカ兵・・・生まれ育ったところでもないところへ

「行け」と言われて逃げ惑い、命を落とし、

いまだに故郷に帰ることもなく出来ず、

土地開発の工事の下に埋まったままになっているたくさんの命。

一人一人が「誰かにとってかけがえのない、たった一つの命」

であったこと・・・。

「誰が悪かったのか」ということよりも、過去の悲劇から

新たな憎しみを生み出さないようにしなければ、

同じことの繰り返しになってしまうから。



だから私は、この日。

平和の礎(いしじ)が、沖縄戦で命を落とした「全戦没者」

名前を刻んでいるように、「戦争」という狂気に満ちた歯車に

よって亡くなられた全ての人へ思いを馳せて、正午の黙祷

を捧げたいと思っています。 

                          合掌

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コメント

俺も本や映画やニュースで与えられた知識しかなく、
64年前に本当にあったできごとと正面から向き合って
じっくりと考えてみたことは正直ないかもしれないです。
今日も学校がお休みであろう子供達が元気に自転車を走らせている姿を見ましたよ。
64年前もこんな日であったらよかったのに、って思います。
多くのことは何も言えないですけど大変な時代を生きて犠牲になった方たちのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

投稿: buzz | 2009年6月23日 (火) 19:19

式典の様子をTVでみたよ。
墓碑に突っ伏して泣いてる人とか、「叔父さんの出征を涙ながら見送った」という方。。。

こず、うまく表現ができないんだけど、こういう方々の思いをしっかり後世に伝えていかないといけないんだなぁって思った。

ウチの親も、慣れないPCさわって沖縄戦のこと調べているよ。
戦争経験者だから余計なのかもしれないけどね。
「ひめゆりの塔」には、また行ってお参りしたいって

投稿: | 2009年6月23日 (火) 21:17

毎年思う、こんな暑い日にって。
12時バタバタしてたとき聞こえてきた那覇港からの汽笛で
はっ と手を止めて黙とうしたんだけど 
それは亡くなった人たちへの黙とうと
忘れてしまうくらい平和な今への感謝の黙とう・・・ 
いろいろあるけど たくさんの人たちが亡くなってしまった戦争があったことは
しっかり沖縄の人たちは伝えていかなくちゃならないし
本土との温度差あっても沖縄の人は言い続けることが大事かなぁっと。 (沖縄の知らない世代のためにも・・)
この海兵隊の人たちも楽器を武器に変えて戦争に行くんだなと
思うと違う意味で悲しくなる・・

投稿: しーぽん | 2009年6月24日 (水) 00:16

>buzzくん
東京下町も壊滅的な空襲にあっているけど、
自分たちの街の事に関してはあまり平和学習しなかったよね。
沖縄のことを考えるようになって、改めて
自分の生まれ育ったところのことも知らなくちゃなぁ・・・って思ったり、ね。

>こずちゃん
なんか自分の中でもいろんな祈念日が薄くなっている実感があるんだよね・・・。
子供の頃は夏休みに、広島・長崎の原爆投下の日は必ず朝起こされて黙祷とかしてたんだけど
「そうか・・・今日、そうだったな・・・」ってなってる。
なんで終戦祈念日は休みじゃないんだろうね?

>しーぽんさん
どうしてかあの汽笛を聞きながら手を合わせてると涙が止まらなくなるんだよね。
最近はほんとただただ、国籍に関係なくこの地に埋まったままでいる人達のことを思うと胸が詰まる感じ・・・。
そう・・・海兵隊の若い彼らも
いつか戦地に向かうのだろうか・・・って思ったら
とっても辛くなってしまいました。

投稿: 住人:ちょびすけ | 2009年6月25日 (木) 11:40

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